昆虫になりたい。土になりたい。ただそこにあるだけの存在になりたい。
どうもどうも。150年目の移民です。
今働いてる職場のM氏が先日こんなことを言ってました。
M氏「昆虫になりたい。土になりたい。」
私 え。
M氏「ただそこにあるだけの存在になりたい。」
私 ??(°_°)??
ちょっと何言ってんのか分かんねえなと思ってたんですがw、思い返すと分からなくはない気もするので書いてみることにしました。
M氏は本業が農業(ジャガイモ育ててるらしい)で、冬の間だけ私が働いているスキー場で働いています。M氏と「SNSって便利だけど疲れませんか〜」的な話をした時に彼が言ったんです。「昆虫になりたい。土になりたい。」
なんだそれ?とちんぷんかんぷんな私に「ただそこにあるだけの存在になりたい。」と続けるM氏。ええええ。何言ってんのかな?
けど今更ピンとくるんですよね。
いいねやらフォローやらRTやらを求めて続けてなんだか虚しくなる瞬間ってありませんか?私はあります。それって「誰かに認めて欲しいプロトコル」と「誰かに依存せず自分は自分でありたいプロトコル」が脳内で衝突してるから虚しいんだと思うんですが、昆虫にはそういう雑多な思念が無いんじゃなかろか?と。
昆虫は「私はなんのために生きてるんだろう…病」にならんで済むわけです。土も「ああ、通知が多くて面倒だなあー」とか、思わないでしょう。
複雑化する私たちの周囲を取り巻く情報は私たちを不自由にしているのかもしれない。不自由な私たちに救いをもたらすのは原始への回帰なのかもしれない。
そしてM氏はミニマリストなのかもしれないなあ。そんな風に見えないけどw
でもM氏のジャガイモは食べてみたいなー。
絶品だろうなあきっと。